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友人

千葉に向かう前に少しだけ反省したいことを書く。

以前近所の宮小路に「good trip 」というホステルができたとお話ししたのを覚えているだろうか。

これはそこに飲みに行ったときの話だ。

 

開業直後の月曜日だったので、オーナーのりっきーさんと二人で話せるかな?なんて期待しつつ向かうと

カウンターで外国人とりっきーさんが話している。

あれ!宿泊の方はまだ開始してないんじゃ⁉

どうやらGoogleマップにはもう載っているらしく、それを見て来てしまったそうだ。むげに追い返すのもバカな話だからgood trip 初のゲストとして迎えたそうだ。

 

彼の名はアンドリュー。

アメリカ人で米軍に勤めていた。

在日米軍としての任期が終わり故郷に帰る前に日本を旅しているようで、明日は箱根に行って山に登るんだ!と息巻いていた。

 箱根に山はたくさんあるけどどれを登るの?

温泉は?

途中から参加したまことさんと皆でわいわい口を出す。

どうやらアンドリューは山に登るという意思があるだけで計画もなにもないみたいだった。

そして酔いの勢いで

それなら僕は明日予定がないし車で案内するよ!

一緒に行くことになった。

 

酒の力を借りれば英語がつたなくてもなんとかなるが、正直全く会話はできない。

小田原城大涌谷金時山勘太郎の湯、強羅の蕎麦屋にゲストハウス「テント」

出来る限りのお薦めを回った。

しかし言葉はほとんど通じていなかった。

アンドリューは明るく振る舞ってくれていたがやっぱり気持ちが通じなかったときは少し暗い顔をした。

言葉の、言語の重要さを改めて痛感し自分の至ら無さを憎んだ。

もっと伝えたいことはあった。聞いてみたいこともたくさんあった。

悔しい。

 

最後、別れるとき、

I study english more.

と伝えると

彼はこう言った

I study japanese more.

同じことを思っていたのかもしれない。

バーで知り合った僕らは言葉が通じない中、一緒に観光し、山に登り、風呂に入った。

そして別れ際、お互いの言葉(心)を聞き、

僕らは友人になったのだ。

 

アメリカに遊びに行くと言うと、

君は僕を歓迎してくれた。友人だ。いつでも来てくれ。

他にも言っていたが多分こんな感じだ。

ゼルダ好きで、ゲーム好きで、韓国人の彼女がいて、タバコ好きで、酒を薬と呼ぶアメリカの彼は英語も話せないで案内役を買ってでた僕に友人だといってくれた。

 

もっと学ぼう。

いろんな人を喜ばせるために。

どうしてゲストハウスをやりたいのか。

言葉があればより明確になるだろう。

 

やっぱり動けばなにかが起こる

久しぶりの更新になってしまった。

全く三日坊主にならないように気を付けねば。

 

前回の更新から2週間か。そんなに経ってないな!

なんて思っちゃうから危ない。

この二週間でかなり考えが変わった。家業の事、自分の事、将来の事。

どう変わったかを簡単に言うと、

「ゲストハウスを作りたい‼」という単純で間抜けな気持ちに、計画性と将来性が加わって、

「家業を活かしたバーを開業し規模を拡大しやすく宿泊施設を展開する。」

ちょっと意味わかんないな。

つまりお金の面や宿泊という業種で長くやっていくために色々考えました。

自分でもこれはいけるんじゃないか?などと調子に乗っています。危ない。

 

なぜ今までと違った考えになったかと言いますと、

やはりこれも人との出会いがあります。

 

小田原にnicoカフェというカフェがあり(唐揚げがとっても美味しい)

そこの店長の和田さんが建築デザイナーなのだ。おもにリノベーション、古民家や古家を手掛けている。

カフェ自体も古民家を改装して使っている。

これはぜひお話を聞きたい!

そんなわけで母親とランチついでに伺った。

お会いして、自分のやりたいことを話す。

「へえ!今ちょうど僕の知り合いが大磯で古民家をDIY改装してカフェとパン屋作ってるよ」

「それ、お手伝いに行っても良いですか!?」

「いいよ!いついく?」

「今すぐでも!」

ってなわけで唐揚げを食べ終わった僕はすぐさま原付に乗って大磯まで大急ぎで向かったのだ。

到着すると、大工の清水さん、パン屋のじゅんさんが作業をしていた。

突然現れた僕に警戒することもなく作業を手伝わさせてくれた。

もう一人原さんという方がいて、その人がこの物件の管理者兼カフェのオーナーということだった。

「そういうことなら原さんと話したら必ず勉強になるよ」

清水さんにそういわれびびりつつ翌日も手伝いに行くと、

「待ってたよ」

黒っぽい服装で黒いニットをかぶりギョロっとした目で背が高い。

そんな原さんが木のベンチに座っていた。

車に乗り、原さんが所有している畑に工具類を取りに行くのだとか、その車中で

「ゲストハウスを作りたいんだって?どうして?大学は?家は?どこでやるの?」

たくさんのことを聞かれた。

つたなくも答えていく、、、

 

原さんはいわゆる実業家だった。

それも地域実業家。地域に根差し活性化を図っていく。

作業が終わり先の畑で木材を燃やしつつ、

なぜ実業家みたいなことをしているのか、事業はどう進めていくべきなのか、様々な話をしてくれた。

半月と焚き火の灯りに照らされながら、ここは人生の変わり目だ。

この人に会えて本当に良かったと内心感動していた。

 

そして昨日まで暇があれば大磯まで手伝いに行っている。

行く度に

プランの練り方

資金の回収

コストの試算と投資の決め方

プランのフェーズ切りの仕方

効率的な事業展開

様々なことを教えてくれる。

少ししか手伝っていないのにこんなに手厚くご教授していただいて良いのだろうか。

そう思いつつも今は甘えて勉強させてもらってる。

 

こうして僕の

とりあえずゲストハウスだもんね!計画はだいぶ現実的になってきたのだ。

 

そして今日は大学の頃の友人と千葉で二泊三日のパーティーをする。

主催は別の人なのだが、一芸を持った人を集めて社会人になる前に面白いことをやろうって話らしい。

僕も前職の市場での経験をいかし魚をさばく。

主催の人はかなりの情報通だ。

歩く最先端辞書。インターンでそういうことをやっていたからなのか、様々な業種の歴史と今後の展開にものすごく詳しい。

その主催の人が「この人は面白い‼」って友人を集めて行われるのが今回のパーティー。

これはいけば必ず出会いがある。

今から楽しみで仕方ない。

 

人と関わっていくという事

小田原市でやろうと決めたからには何が何でも動かねばならない。

ということで、物件探しと市場調査、人脈開拓を同時に行って行く。

 

昨日ゆうきくんと小田原を車で散策してきた。意味のない散策ではなく

少し調べたただけで小田原市内でゲストハウス、ホステル、DIYカフェをやっているところはいくつかあった。知人からの情報、居酒屋での聞き込み、チラシ、ネット。

数的には

ゲストハウス、ホステルー5軒(うち2軒は改装中、1軒は部屋貸しのみ)

カフェー2軒

オープンスペースー1軒(不動産)

 

思っていたよりもある。。。開業中の2軒には行けなかったが全体的にお互いのことを認知していない感があった。

似たようなことをやっているんだから競争意識や仲間意識があってもよさそうだけどなー

どこの方もとても気さくで話しやすい人たちだった。楽しんでやっているぞ!って印象。

何件か回って16時半ごろ、オープンスペースもある不動産に行ってみた。

ここ自体がDIYで作られており、持っている物件自体も古物件、改装可能なものが多い。

スタッフは全部で三人のようで、最初に話した人以外はとてもいい人たちだった。

なにより代表の方は旅好きでゲストハウスについてもとても詳しい。

法律や物件オーナーとの話し合いもしっかりと視野に入れており、信頼できる方だと感じた。物は試し程度で見に来た輩にもゲストハウスを運営することの厳しさとどうすれば開業まで至れるかを丁寧に説明してくれた。

このような不動産だし小田原でゲストハウス、ホステルをやろうとする人がたくさん来るだろうに(現にそういっていた)ここまでこちらの気持ちを汲んで接してくれるのは本当に嬉しい。

事業計画書、良さそうな物件、まで見せてくれて生意気な僕の意見もしっかりと聞いてくれた。

ここで物件を探すにしろ探さないにしろ今後もかかわっていきたいなあ。

あと特に驚いたのが、なんとバックパッカーズジャパンのあの人とお友達だということ。あの人が小田原に2度来ていること!

なんとも驚き!僕がこうしてブログを書いているのもその人の伝説的ブログを見たからだ。(もちろん情報発信の意味もある。)

実は僕は4月からtoco.でヘルパーをやるのでそのとき会えたらぜひネタにさせていただきたい。すみません。

 

19時からは横浜で高校の時の友人と会った。

言ってもそこまで仲良くないのだが、僕らにはひとつの共通項がある。

家が自営業という点。

お互いに100年越えの歴史を持ち、自分個人ではどうにもならないプレッシャーというのか、なにか気持ちのようなものがある。

僕のヒーローアカデミア」の主人公の能力みたいな。

そして僕らも成人して跡継ぎ問題が現実的になりこうして話し合うというわけだ。

僕はというとゲストハウスをやるくらいなのであまり継ぐ気はなく、両親も強要して来ないのをいいことに深く考えずにいた。

 彼は家を継ぐということに対して本当に真剣に、そして現実的に取り組んでいた。

相続税、銀行借り入れ、今後の営業方針。

今は大手企業に勤め人脈を作りつつたくさんのことを学んでいるそうだ。

もともと合理的効率的だなーと感じていたがより洗練されていた。

自分の人生をどうしたいのか、の前に常に家業の事がありその上で自分も幸せになる。

熱く冷静で久しぶりにかっこいいな何て思ってしまった。

僕も家業は継がねばならない。でも自分のしたいことは全部やる。

彼からは学ぶべき事がたくさんありそうだ。

 

これから浅草でパーリー建築という団体?とソトコトの編集長のトークイベントがある。

地域に染み込むような、新しい色を作るような活性化の話だ。

ゲストハウス運営に何か活用できるものがないか、勉強してくる。

 

がむしゃらに動く

メンバーの1人である祥くんから電話が来た。

「東京で古ビルをセルフリノベーションした人がオープンパーティーをやるらしい。知り合いのつてで招待できるからいってみない?」

正直なんだかよくわからないけど、とりあえず行くと返事して電話を切った。

すぐに他のメンバーにも連絡して翌日の16時に春日駅に集合ということになった。

分かっているのは「東京ENGAWA 」「古ビル」「セルフリノベーション」というワードだけだ。

差し入れがあるといいというので、スパークリングワインを2本とビールを皆で買っていく。

当日になって祥くんの知り合いというのもそのまた知り合いから言われて来たけど1人じゃ不安なので祥くんを誘ったようだ。

つまり僕らは知り合いの知り合いの知り合いの知り合いという4重知り合いってわけだ。

なんとも足が重くなるが乗り掛かった船、行ってみるしかない。

 

そこは大きい通りに面した4階建て屋上ありの普通のビル。

入り口は大きなガラス張りで外から全体が見えるようになっている。

とりあえず主催者に会うべく1階から屋上をうろうろ。

この時点で僕はというと完全にびびっており、早くも帰りたくてしょうがなかった。

主催者の山田さんに会うと、よくわからないけどまあ何でもウエルカムだから楽しんでいってよ!と一言。

器でかい。

びびってても仕方がない、酒を飲んで気持ちを落ち着けようじゃないか。

どうやら山田さん含め主要メンバーの仕事仲間、友人、あらゆる人が招待されているようでこのビルの人口密度はかなり高くなっている。

しかもその一人一人がベンチャー企業の社長であったり、起業家、事業家、デザイナー、プランナーなど、

実力をもち最前線で活動している人たちだった。

2度目のびびりが発動するも、祥くんのここでパイプを作っておこう!という言葉に拳を握り直す。

とりあえず山田さんにセルフリノベーションするに至った経緯を伺いに行く。そのなかで自分達がやりたいことも話す。

偶然なことに山田さんも小田原出身で話が盛り上がった。しかし来客に次ぐ来客でとても4重知り合いの僕らが占領するのも申し訳なかったので退散。

その後も何人かとお話しさせていただいた。

東京でベンチャー企業を立ち上げたお二人に力強く言われたのは、

お金で迷っているなら今すぐに動くべきだ

やるならストーリーを重視すべきだ

ということ

いま、若い起業者に対して補助金助成金制度がかなり充実しており利用しない手はない、分からないことがあればいつでも相談に乗る。

小田原出身でやりたいこともあって仲間も環境もあるのになぜ動かないのか?

 

 

ゴニョゴニョと迷っている僕に先輩からの熱い喝だった。

山田さんもこのお二人もやりたいとおもったら即動くのだ。

さらに重要なのは要所要所はできる人に頼む、そういう知り合いを持っているということ。

 

どんどん人に頼る。そして成し遂げる。

すると人が集まってさらに人脈が広がる。

 

帰り道、知恵熱なのか緊張からか突然体調を崩し、話し合うために集まってくれたみんなを解散させてしまった。

帰りの電車のなかもうろうとした頭で考える。

動こう。

人に会うのだ。

知識と経験は同時に得られる。

まずは小田原の新しいお店、オープンスペース、ゲストハウス、すべて回ろう。

そこでも必ず出会いはあり、繋がっていける。

 

 

小田原のゲストハウス

僕はゲストハウスをやる場所を

神奈川県小田原市横浜市でやろうと思っている。

小田原は自分の故郷だからというのもあるが、箱根、湯河原、鎌倉、江の島など観光地に囲まれており中継地点として見込んでいる。また小田原自体の魅力も発信できるのではと考えているのがある。

横浜は言わずもがなの観光地で外国人観光客数は年間2000万人。そして東京、空港からの立地、オシャレな街並み、加えて現段階ではあまりゲストハウスが開かれていないと言うのもある。

そんな風に考えながら、昨日小田原を散策していた。

空き家が多く、やっているのか分からないお店も多い、しかし所々にここ2年くらいで出来た明るく綺麗な外観の若い店長がやっている飲食店や雑貨屋もあり街自体としてはまだまだ死んでないんだな~なんて偉そうなことを思う。

そんななか以前は商店街として賑わった宮小路という通りがある。

今はシャッターも多く静かな通りだ。

しかしそこに明るい緑の壁が見えた。

え?ここは確か30年以上空き家だと思っていたけど…

「Good trip Hostel&Bar」

ええ?!いつの間にこんな!?!?

本当に驚いた。まだ改装中だったけどちょうどメンバーの方々がいたので話を聞かせて貰った。

僕もゲストハウスをやりたいんですと言っても快く教えてくれた。

再来週にはオープンの予定で

国府津出身のリーダーが仲間と立ち上げたそうだ。

駅からの距離とかどうやって物件をとか料金とかコンセプトとかいろいろ聞きたかったけど、忙しそうなので自重する。

「オープンしたら必ず仲間と飲みに来ます!」

 

正直焦っていた。

 

これからもどんどん増えていく。

強い志と仲間を連れた人が。

出遅れるわけにはいかない。

僕もやるのだ。

思い付きの方が上手くいくこともある

実家に帰ってきて初の朝、まずは親の手伝いをし朝食を美味しいと食べる。

そう、実は実家暮らしなのだ。勤めているときは会社の寮だったので辞めた今、新しく部屋を借りるか実家に戻らざるを得ない。晴れて無職者となった僕は金も無くなく1度出た家にすごすごと帰ってきたわけだ。

そんなわけで家事手伝いは僕の日課なのだ。

食器を洗い終わったら市役所へ行く支度をする。引っ越しの手続きを済ませるためだ。住民票、免許証、郵便局。職員さん達の対応がテキパキとしておりそれらはスムーズに終わった。昼食は母が誘ってくれたので外に出る。食べ歩きが好きな母は隠れ家的なお店に詳しく、移動しながらあそこは美味しいココは旨いと楽しそうに話す。仕事を辞めたときは石の上にも三年…と説教をされたが帰ってきたのは嬉しいのかも知れない。母は地域の復興や活性化にも関心があるのでそのあたりの話もし、リノベーションなどを行う建築会社の方を紹介してあげるなどどこでそんなパイプを…凄くありがたいけど不思議で仕方ない。帰ったら家の掃除、17時からは横浜で派遣バイトの登録。

なんだか忙しなく、ゲストハウスについて考える時間があまりないなーなんて思っていたところでふと思い付いた。

そういえばゲストハウスに誘いたい人が横浜近くに居たな!

しかも川崎には「ONTHEMARKS」もあるじゃないか!

すぐさま連絡するとちょうど仕事が終わったところで30分ほどで来られるという。思い付いたが吉日とは正に!!!

「ONTHEMARKS」というのは大きい規模のホステルでバーが併設されている。

フードやドリンクにもかなり力を入れており一度行ってみたかった場所だ。

予定通り30分ほどでさふぁりと合流出来た。

さふぁりというのは愛称で本名は水田。

大学の時同じサークルで彼女は後輩だった。初対面の時から実にハキハキと意見を述べる人で論理的でもあった。情にも厚く、楽しいことには積極的に参加する。以前演劇もやっており僕も2度観劇に行った。恥ずかしながら2度とも感動して泣いた。

現在は会社勤めでウェブ広告のマーケティングなどをする仕事をしている。

どれをとっても僕のチームに欲しい人材だった。

 

会ってまずはお互いの話をしていく。この間はこんな広告を手がけたとか、営業担当が変わってとても仕事がやりやすくなったとか、上司の計らいで残業がかなり短く済んでいるとか、

とても活き活きとしておりどうやら上手くいっているんだなということが伝わってきた。

そのことを本当に嬉しく感じる裏で、少し残念に思っていた。

もし彼女が現職に不満を多く持っていればすぐにこちらに来てくれるかも

そんな気持ちがあったのだ。こんなことを考える自分が恥ずかしいしそのような気持ちでは一緒には出来ない事も分かっていたので絶対に口にしなかった。

そんな僕のみみっちい葛藤は知らずにさふぁりはゲストハウスについて知りたがった。

さふぁりはとても好意的に、それでいて冷静に今すべきことは何で自分に出来ることはなんなのか考えてくれた。

人と地域と関わること、楽しいこと、笑顔、それらが大好きな彼女にとって僕が思っていた以上にゲストハウスに惹かれているようだった。

SNS関連を使った開業前の事前告知、コンセプトに見合う大手広告代理店の紹介、ゲストハウスでの演劇、

話せば話すほど熱意が伝わってきて、正直このまま一緒にやり始めてくれるのでは??なんて淡い期待も感じ始めた。

「将来的に今の会社を辞めて、一緒にゲストハウスを立ち上げていかない?」

聞かずには居られなかった。

彼女の返事はやっぱり冷静で、

「今すぐに決められる事では無いし、もう少し考えるね」

まあ当然だ。むしろ即決で断られないだけありがたい。

そのあとは素晴らしいフードやドリンクを楽しみつつ実現するかも分からない夢を語り合った。

こんなのがあったらいいね、それならこれはどう?

きっと今この瞬間こそが立ち上げるなかで最も楽しく大切な時なのだ。

じゃあそろそろ行こうかと言うときにさふぁりが「せっかくだから客室も見させて貰えないかな?」と言った。確かに見たい。めちゃくちゃに見たいし話も聞きたい!

さふぁりを誘ったのはこういう所を尊敬できるというのもある、必要なことにはとことん挑戦する、やるだけやってみる。僕を含め多くの人が憧れるシンプルなアクティブさ。

そして会計を済ませた後、客室を見学したい旨をスタッフに伝えると快く承諾してくださり、ドミトリー、女ドミトリー、シングル、ダブル、順番に全て見せてくれた。

「この建物は築何年ですか?」「各ベッドには火災報知機がついてますか?」

明らかに泊まる目的じゃ無いだろうって質問にも丁寧に答えてくださった。

最後にイベント用のはっぴがあるんですよ~なんて着させられて写真を撮ったり撮られたり。他のスタッフも混ざってわいわいと。

これだけ大きな規模なのにスタッフが1人として疲れを見せてない。自然な笑顔を絶やさない。ゲストハウスはこうあるのが嬉しい。ゲストだけで無くスタッフもその場を楽しんでいる。僕の理想だ。

 

今日は突然の思い付きだったが、サファリを誘えて、ここに来て良かった。

自分の中のコンセプトがより洗練されていくのを感じた。

明日は掃除を一気に終わらせて、英語の勉強とゲストハウスのランニングコストの仮説を何個か作りたい。

コンセプトが固まってきた今、どこでどうやるのかを決めていきたい。

やることは沢山だ、楽しくて仕方が無い。

ゲストハウスを造りたい

初めまして、早瀬広海と申します。

今日からゲストハウス設立に向けて行動していきます。そのことを再考の意味も込めて日記のように書いていきます。

どうぞよろしくお願いします。

 

昨日会社を辞めた。

実際には3月末までだけど有休をバッチリ使わせて貰って昨日で終わりだ。

会社では色々と出会いがあったし考えることは多いけれどそれらを細かく話すのはまた今度にしようと思う。タイトルにもある通りゲストハウスを造る為に辞めたのだ。

 

なんでゲストハウスなのか。

昨年の11月中旬、旅行しようとホテルを探していた。金も無いのでなるべく安いの。そしたら見慣れない単語が、それがゲストハウス。なんだこの価格は!ゲストハウスってなんだ!?そこから興味を持ち始めた。

聞いたことが無いわけでは無かった。友人から何度か聞いていたのだ。「早瀬はきっと好きだよ」なんて言っていた。そのときはふーんなんて聞き流していたけど。

旅行しようと思ったのは仕事に嫌気がさしていてリフレッシュしたかったからで、そんな心境もありゲストハウスとの出逢いは自分の心に素早く染み込み、徐々にその色を濃くしていった。

調べるうちに知る人ぞ知る伝説のゲストハウスブログをみつけた。

そして例に漏れず全力で感動し、一晩で読み切ってしまった。ファンになってしまったのだ。

読み終わってすぐにそのゲストハウスを予約した。人生で初めてのゲストハウス予約である。

当日、友人と2人で向かった。対応してくれたのは中国人の女の子。ホテル業に興味がありヘルパースタッフとして働いているそうだ。とても自然で綺麗な笑顔だった。

彼女だけでは無く、スタッフもゲストも笑っていた。

とても暖かい空気が流れていた。

例のブログを読んだからだろう、この笑顔は多くの努力と苦労と熱い気持ちの上に成り立っている。そんなことばかり考えていた。

 

その後、他のゲストハウスにも何度か泊まり、その度にオーナーやスタッフに話を聞かせて頂き、最初のゲストハウスでヘルパースタッフとして働いてみようと決意した。外から見ているだけでは気づけないことが多すぎる気がしたからだ。これが1月上旬である。

その頃にはもうゲストハウスを造る意思は固まっており、会社にも辞職の旨を伝えていた。

中旬頃、ヘルパースタッフの採用面接を受け

無事、採用になり4月から住み込みでやらせて貰うこととなった。

そして暇があれば近場のゲストハウスに泊まったりバーをのぞいてみたりして今に至るのである。

 

ここで仲間を1人紹介したい。

ゆうきくんはなかなかの会社に営業として勤めていて、将来は起業して教育に関わる仕事をやるのだといつも言っていた。

周りの彼への認識は(もちろん僕も)カリスマ性があり、行動力と知性も併せ持った、シンプルに優秀な人だ。

そんな彼に僕の夢を話した。

とても喜んでくれて、君らしいなんて言ってくれた。

お酒を飲みつついいねいいねとお互いの夢を輝かせた。いつか一緒に何かやろうよ、うんもちろんだ、

それから一週間ほど経った日、電話がかかってきた。ゆうきくんはメールが苦手で基本的に電話の印象だ。それは単純な内容だった。

ゲストハウス、一緒にやりたい

願っても無いことだ、君とならなんだってできる!そう思うと同時に疑ってしまった。自分の夢は?本当に一緒に?

僕はなかなかの不運者で自分に有利な事が起きるとかなり警戒してしまう癖がある。なにかおかしい、油断するなっそんな風に考える。

しかし今回ばかりは杞憂だった、

彼もまた会社を辞めてしまったのだ。

えぇ?!本気なの?ストレートにそう言ってしまった。よくよく、話を聞いていくとやりたいことは全部やりたい、僕と仕事をしてみたい。一生ゲストハウスをやるのではなく立ち上げと軌道に乗るまでを一緒にやりたいそうだ。

そういうことなら是非是非やろう、本気でやろう。

こうして、優秀なゆうきくんが仲間になった。

 

今日もゆうきくんと話し合っていた。

コンセプト、ランニングコスト、場所、

様々なことを話したが上手く決まらなかった。

「ひろみのやりたいこと、譲れない点を明確に決めて、それには何が必要か考え徹底していくべき」

つまりこの企画は僕がリーダーだというわけだ。仲良しこよしでみんなの意見を取り入れるのでは無く、僕のやりたいことにみんなを乗せていくイメージ。

分かっているようで何も分かっていなかった。

これは僕の夢なのだ。

ぼんやりとした気持ちをまとめ、言葉にする。

地域活性化、文化発信基地、交流の場、

ゲストハウスによくある付加価値だ。

だからこそこれらが本分でもあるし地域によって大きく内容が変わる。

地域によってゲストハウスは色を変える。

大好きなポイントの一つだ。

これらを土台に話し合っていこう。

こういうブログを書くのは初めてで内容はまとまってないしほぼ日記だけど

誰に伝えるでもなく書いていきたいと思う。

自分の思考を整理するためにも必要なことだと思うし、情報は発信して損は無い。

でももし最後まで読んでくれた人が居るならとても嬉しいし、良かったらこれからも見守って貰いたいなんて欲張りなことも考える。

ありがとうございました。